「マイナンバー制度」について考える

 本年1月の職場の機関紙に、現時点でのマイナンバーに関する考えをまとめたものを掲載した。以下に再掲する。

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             「マイナンバー制度」考

                        

                    ビッグ・ブラザーがあなたを見ている

                    ジョージ・オーウェル『一九八四年』

 

 マイナンバー制度について考えるたび、ジョージ・オーウェル最後の作品で、ディストピア(反ユートピア)小説の傑作にして二十世紀文学の金字塔『一九八四年』が念頭に浮かびます。この小説では、ビッグ・ブラザーと称する独裁者と彼の率いる党が、近未来(この小説では1984年のこと)の世界を三分する強大国家の一つオセアニア全体主義的に支配し、君臨している陰惨で地獄のような怖ろしい世界が描かれています。

 

“「ビッグ・ブラザー」は、過度に国民を詮索し、管理を強める政府首脳や、監視を強めようとする政府の政策を揶揄する際に使われるようになった。”(Wikipedia

 

 この作品の完成は1949年で、時代の状況からしばしば、ビッグ・ブラッザーはスターリンとの、ビッグ・ブラザーとともに党を結成したが、後に党の異端として憎悪の対象となるゴールドスタインがトロッキーとのアナロジーで語られてきました。昨今の東アジアの某国などとの類似はともかく、現在の日本に引き当ててみると、ビッグ・ブラザーはどうやら官僚機構となりそうです。

 政治家や政府は国民が総選挙を通じて取り替えることが可能です。しかしいくら不都合があっても、国民が官僚機構に直接影響力を行使することは不可能です。官僚機構は岩盤のように強固で、国民にとってアンタッチャブルな存在です。

 オーウェルの作品に登場する国民監視装置のテレスクリーンは、マイナンバー制度で2017年1月から導入予定の「マイ・ポータル」の発展型に思えて仕方ありません。

 また、この小説を構成する重要な要素の一つである「二重思考」のパフォーマンスは、真意を押し隠しつつ、それと相反する建前を滔々と公言する官僚の身についた習性でもあります。 

 マックス・ウェーバーは、官僚制の本質について、その権限たるや常に極めて大で、その仕えるものが議会であれ、大統領であれ、専制君主であれ、立憲君主であれ全く変わることはなく、官僚が教育ある専門家とすれば、これら(彼ら)はただのアマチュア(素人)に過ぎないと喝破しています。(『官僚制』)

 

 マイナンバー制度は一応、社会保険・税・災害対策の三つの分野で活用することを主たる目的として制度設計されています。

 しかし実際はこの制度は、日本の官僚機構のビッグ・ブラザー化ではないのかと大いに憂慮しています、つまり官僚機構による国民の国家管理の総仕上げではないのかと。

 国はこの制度における行政の効率化と国民の利便性享受が、あたかもevenであるかのようにしきりと喧伝していますが、しかし明らかに前者に偏重した非対称の制度です。国家による国民生活への手出しが進むにつれ、国民の感じる拘束感が増大します。その結果、国民にとって国家の監視が強化された窮屈な社会が到来するのではないかと危惧します。

 

 平成27年9月9日のマイナンバー法等関連法案の一括改正により預金口座へのマイナンバーの付番が可能になりました。その結果、日本の官僚機構のヒエラルキーの頂点に位置する財務省が、日本人一人一人の全ての収入・資産をくまなく掌握し監視できるようになりました。国は改正の目的を、金融機関の混乱時におけるペイオフ、あるいは税務調査や社会保障制度における資力調査のためと称していますから、この制度の最大の受益者は財務省であることは明らかです。

 実は預金口座への付番を可能にする改正は、マイナンバー法ではなく、下記のとおり「国税通則法」の改正で追加された新条文でなされているので、なかなか油断がなりません。

 

(預貯金者等情報の管理)

第74条の13の2  金融機関等は、政令で定めるところにより、預貯金者情報等(預貯金者等の氏名、及び住所又は居所その他預貯金等の内容に関する事項であって財務省令で定めるものをいう。)を当該預貯金者等の番号(マイナンバー)により検索できる状態で管理しなければならない。

 

 一方、医療分野では、平成27年5月29日の「産業競争力会議課題別会合」において、安部首相及び重要閣僚の出席の下、以下のような内容が取りまとめられました。

(1)2017年7月以降、早期に医療保険のオンライン資格確認システムを整備し、医療機関の窓口において、個人番号カードを健康保険証として利用することを可能にする。

(2)医療番号を医療連携や研究に利用可能な番号として、2018年度から運用を始め、2020年の本格運用を目指す。運用に当たっては、2016年1月に始動させるマイナンバーのインフラを活用する。(ただし、マイナンバー法とは別の特別法で規定される。) 

 

 この制度は、通知カードの国民への配送の段階で早々とドタバタ劇の幕が切って落とされています。更にこれから、個人番号カードの交付、マイ・ポータルの運用、預金口座への付番、個人番号カードの健康保険証としての利用、医療番号の運用等々、広汎に制度が展開していくにつれ、一体どれだけの困難や混乱に遭遇するのか心配の種は尽きません。

 ブラジルでの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす(「カオス理論」)、というようなことにならなければいいのですが。

                                       

*『一九八四年』は、2009年の新訳版が<ハヤカワepi文庫>で刊行されています。