『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』エマニュエル・トッド(文春新書、'15.5.20)2/2-中国は西欧資本主義の利益計算の道具(?)

承前) 

 本書の中心テーマは、世界中で退潮しているアメリカのシステムと新しく勃興してきたドイツ帝国との対立の様相であるが、著者はそのドイツが中国と意思を通じ合わせ始めていると指摘している。

 そこで、トッドの中国観について少し触れてみたい。

 

 トッドの中国の将来に対する悲観的な見通しは、本書の編集後記に引用されている、『腐敗は「頭部」から始まっている』中央公論、2014年5月号、特集:独善中国の命脈)を読むとよく分かる。

中央公論 2014年 05月号 [雑誌]

 人口学者として、と断ってはいるが、日本では誰もが脅威と感じている中国に対しては、「中国は、アメリカと肩を並べ、世界を支配するに至る勢力として台頭するだろう、といったばかげた議論がなされてきました。」と断じ、末尾で「中国にとっての真の脅威は、みずからの誇大妄想的な野望だと思います。いかなる攻撃的な態度も、次のような事態を招きうるからです。すなわち、大部分の関係国が、アメリカを世界平和の保証人として再定義するという事態です。」と結んでいる。

 加えて、西欧の資本主義、特に社会の上層部、ビジネス関係者にとっては「中国は、大金を稼ぐための道具なのです。・・・西洋の資本主義にとって、中国を肯定的に言うことには利益があるのです。」と述べる。

 

 中国とは一衣帯水の関係にあるわが国と違い、遠いヨーロッパの叡知の考える世界情勢分析はわれわれにとって新鮮な驚きと同時に、どこか居心地の悪さ、端的に言えば”違和感”を覚える。

 この”違和感”の原因は、同じ雑誌の巻頭に掲載されている、川島真氏(中国外交史研究者)の全人代が示す習・李政権の課題』という論文が解き明かしている。

 川島氏は「G7の中で中国と主権問題を抱え、その周辺外交の対象になっているのは日本だけである。そのため中国の協調外交に接している先進国は、中国の強い外交を皮膚感覚で知っている日本の立場とは異なる。またその皮膚感覚を共有する周辺国の中で、中国と敵対可能な力を持つ国は日本くらいなのである。」という認識を披瀝しており、尤もであると頷ける。

 

 日本人は、愛憎の織りなす中国との長い隣国関係の歴史から、どうしても中国に対する感情がアンビヴァレンツに傾く。それに対し、ドイツなどのヨーロッパ諸国は十九、二十世紀における帝国主義宗主国という遺伝子がうずいてか、中国を形を変えた新しい経済的植民地と内心は考えている節がある。習近平の自尊心をくすぐって途方もない経済的利益を狙っているのだろうか。政治的にも経済的にも行き詰まったEUをどうにか生き永らえさせる最後の植民地として。特にEUのもたらす果実を独り占めしている感のあるドイツにおいてはなおさらである。

 AIIB参加もその文脈の中で考える必要がある。日本およびグローバルな覇権の挑戦者としての中国の軍事的脅威と直接対峙しているアメリカとが、AIIBに参加しないのはある意味当然とも言える。

 

 トッドは、世界の工場となり、輸出大国となった中国について「しかし、こうした中国の進路を決定したのは、共産党の指導者たちではなく、グローバル化した資本主義、つまりアメリカ、ヨーロッパ、日本です。中国の発展が今後どうなるかについて、最終的に何かを言うことができるのは、世界を実際に支配している米欧日です。・・・私の目から見れば、中国は、西欧資本主義の利益計算の道具にしか見えません。」

 日ごろ中国からの軍事的・政治的な圧力をひしひしと感じている日本から見ると、あまりに割り切り過ぎた、都合のいい見方としか思えない。

 中韓が結託して日本を歴史認識などで執拗に攻撃してくる現状は、新しい<元寇>ではないのかと考えてしまう。そうなれば、安部首相はさしずめ北条時宗だろうが、井沢元彦氏によれば(「夕刊フジ」2015年5月7日号)時宗高麗と元の攻撃を二度にわたって退けたにも関わらず、朝廷はこの結果を神風が吹いたから勝てたとして、救国の英雄である時宗には何の褒章も与えなかったのである。なぜなら、「それは日本人が軍事力というものを適正に評価しないからだ。世界で一番軍隊の力を軽視する民族と言っていいかもしれない。」

 「現実には侵略軍が攻めてきた場合は、それを撃退できるのは軍事力だけだ。しかし、そうしたものの効用を否定しようとすれば、とどのつまり超自然的な権威に頼るしかない。」

 現在において、神風、つまり超自然的な権威とは、いわゆる護憲派の奉る平和憲法なるもののことであると井沢氏は言う。同氏は、日本において軍事を語ることは、イコール人間の死との関わり、すなわち「ケガレ」として一種のタブーとなっているのだと分析する。

 

 ところで今日(5月26日)、ヨーロッパの今後の動向に強い影響を与えると思われるニュースが飛び込んできたのでチェックしてみたい。。

 報道によれば、ポーランド大統領に欧州統合の推進に批判的なアンジェイ・ドゥダ氏が初当選の見通しになった(「読売新聞」)。氏は、最大野党の右派「法と正義」を率いていて、カチンの森事件追悼70年記念式典に向かうために搭乗していた大統領専用機の墜落事故のため亡くなったレフ・カチンスキ大統領の愛国主義的思想を継ぐ人物とされている。

(この墜落事件については下記のとおり別のブロブに書いた。)

 また同紙では、スペイン地方選挙で反緊縮政党が伸張していると伝えられ、ギリシャのデフォルトが現実味を帯びるなど、EUにおけるドイツの一人勝ちと東欧・南欧の窮乏化に反発する動きが活発化してきている様子が伺える。ドイツも実は大変なのだ。二十世紀に、覇権を巡って2度も世界を破滅寸前に追いやったドイツが、3度目の正直を実現するかどうかは、極めて疑わしい。EUが空中分解すればそれで終わりだ。

 

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