『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』エマニュエル・トッド(文春新書、'15.5.20)-新たな<神聖ローマ帝国>の出現か

「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書) (文春新書 1024) 

 本書は、アマゾンで購入予約して待ちかねていたもので、5月19日にやっと手元に届いた。エマニュエル・トッドというビッグ・ネームとこの刺激的なタイトルの組み合わせは、この上ない知的興奮を呼び起こす。帰宅後一気に読了した。とにかく、めちゃめちゃ面白い!

 

 この本の肝は、もちろん一番新しいインタビュー(2014年8月)<1 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る>である。著者は、ドイツが債務危機を利用してヨーロッパ大陸全体を牛耳ろうとしていると分析した上で、ドイツ民族(国家)の本質を、

「第二次大戦の地政学的教訓があるとすれば、それはまさに、フランスがドイツを制御しえないということである。ドイツが持つ組織力と経済的規律の途轍もない質の高さを、そしてそれにも劣らないくらいに途轍もない政治的非合理性のポテンシャルがドイツには潜んでいることを、われわれは認めなければならない。」と喝破する。恐ろしいほどの深遠・深刻な認識だ。言葉のいちいちが胸に落ちる。

 ”途轍もない政治的非合理性のポテンシャル”という表現には思わず舌を巻く。近現代のドイツの政治的実存そのものの表現だ(翻訳が上手いのかも知れない。)

 本章の後半には「力を持つと非合理的に行動するドイツ」として取り上げ、「ドイツの指導者たちが支配的立場に立つとき、彼らに固有の精神的不安定性を産み出す。」としてドイツの指導者たちの精神分析を行って見せる。鮮やかな手際だ。

 

 著者のドイツについての諸分析を読みながら思わず脳裏に浮かんだのは、これではドイツは、まるで新しい神聖ローマ帝国ではないかという妄想だ。すると、さしずめアンゲラ・メルケルザクセン公でもあるオットー2世(大帝)ということになる。

 ザクセンには、メルケルが卒業した大学のあるライプツィヒが含まれというのも奇妙な符合だ。ただ、帝国の版図としては、著者のいうドイツ帝国の方が遥かに広く、どちらかといえば本家のローマ帝国の版図に近い。(余談だが、わが娘も現在このザクセン地方の中の一都市で暮らしている。)

 

 トッドの言及は主にドイツを中心とするヨーロッパとロシア、そしてドイツ帝国と対峙するグローバルパワーとしてのアメリカで、アジア、特に中国に関する記述はあまりない。ヨーロッパにとって、国境を接することなく遠く離れた存在の中国とは地政学的に深刻な対立は生まれるはずもなく、政治的・経済的に利用する相手でしかない。関心が薄いのも無理はない。

 日本と韓国については「アジアでは韓国が日本に対する恨み辛みのゆえに、アメリカの戦略的ライバルである中国と裏で共謀し始めている。」と述べるにとどまる。

 中国については、別の章の中で、「中国はおそらく経済成長の瓦解と大きな危機の寸前にいます。」とありきたりで大まかな見通しを述べるにとどまる。大いに物足りないが、反面ヨーロッパ人のアジアへの関心のレベルを示すものとなっている。

(続く)

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