舊詩帖2

 

記憶喪失症

 

距離は距離を生み

日は距離の乗冪数

彼岸へ達するかと思われた

なぜなら

ああもうその輪郭がふるえ始め

風に吹かれてちぎれとぶ

 記憶とはなんてあさましい奴なんだ

 と笑いたまえ

 

石ころを蹴りながら

うつむきながら

すばやく目測し計算する

どこまで遠ざかったら

自分は死ぬか

死んだ自分から自分が

抜け出して自由になるか 

自由はあまいか

にがいか

味はないのかもしれない

 記憶とはなんてあさましい奴なんだ

 と哄いたまえ

 

さしあたってぼくのすることは

錆びたナイフを研いで

身体を切りさいなむこと

血がでてくる

記憶のながす血

贖罪の血

おうい

おうい

遠ざかる距離をよびかえす

遠ざかる距離を呑み込む

彼岸などはないのだ

むこうにはなにもない

ものだけがある

だから

おうい

おうい

距離をよぶ

距離を捉えにがさない

やがて記憶の影を投げた

本体があらわれでるだろう

 記憶とは両刃の剣

 取り扱いに注意したまえ

 

        (1962年頃)