舊詩帖1

 先般新潟で、大学時代に詩を書いてきた友人たちと久闊を叙し、その後ささやかに酒を酌み交わしたが、帰郷して、篋底に眠る昔の詩稿をぺらぺらめくっていて、懐かしさやら何やらでに思わず胸苦しくなった。

 1962年の詩稿がいくつか見つかったが、60年安保の擾乱が終わり、胸にぽっかり穴が開いたような虚脱状態を引きずっていた時期に多く書き散らしたものだ。

 1985年に詩集(『お任せ料理店』)を土曜美術社から自費出版して以来、詩集は出していない。もう一度、原稿をまとめて本にしてみたい気持ちはある。

 ちなみに、その中の一篇の詩を(本来は縦書きだが)横書きで載せてみる。何か、その後の自分の人生の歩みを予言しているかのような詩ではある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 祈り

 

あなたがたは

知らないだろうが

もう死んでしまった

あの人が

たすけてぇ

難破船の上で

叫んでいたとき

私は街の喫茶店の

片隅で

歯痛を押さえて

バルトーク

など聴いていたのだった

 

翌日から

毎日

歯医者へ通った

削られ

穴をあけられ

注射をうたれ

神経をぬかれ

血をながした

だが

歯は

いつまでも痛かった

 

教会へ行ってみた

牧師が何かを云っているとき

頭の中では

どんどん

大砲が鳴っていた

十字を切りそこね

追い出された

 

船に乗った

遠くへ

行こうと思った

身体中病気だらけだったが

南へ行った

 

やがて

赤道へ来ると

身体はほうぼうから

くさりはじめた

船医は

もうすぐ港へ入って

入院すれば助かる

と云ったが

私は頭を

横に振った

もっと遠くへ

行きたいのです

 

海賊に出会った

みんな殺されたが

私ひとり

海へおっこちて

助かった

あおむけになって

ただよい

ただよった

ふかも見向かなかった

星ばかり

見ていた

いつも

夜だった

 

いったい

いつまで

こうしているのだろう

身体は

もう

全く駄目だった

しずかだった

いつか

あのひとに

会えるかと思ったが

虫のいい希望(のぞみ)だった

 

身体の中へ

海水が入りはじめ

しだいに私は

しずんでゆく

 

私が

完全に

海中へ没しようとした

一瞬

暁光と

青い島かげとを

見た

ようだった